<2007/01/26 FZS1000全損事故の顛末>

当方は2007/01/26 、大阪市中央区より和歌山市宛の配送業務中の高速道路阪和道、紀ノ川SA手前3q付近の登坂車線で追突事故を起こしたようだ。現在までで把握していることを記述してみる。

当方には事故の影響で、事故日より1週間ほど短期記憶が長期記憶に変換されず揮発してしまっている。ので、事故前後の記憶が一切無い。ので、ここに記述する事は写真や物証、警察の検証の結果として再現されたことを基本としている。ので、真実と異なる部分があるかもしれないが、大筋では正しいと思われる。

当方が何故登坂車線を走行していたのかは不明だ。が、恐らく走行車線/追い抜き車線が混雑(もしくは遅い車両が塞いでいた)していて 抜くために切り替えたと思われる。(これが破滅への選択となる。)
で、相手の70のジジイの運転するヴィッツが、走行車線を運転中に、シートの下に引いてあった座布団がずれてケツが痛いので、それを直そうと高速道路上にも拘らず停車しようとして、登坂車線によって来て停車寸前の状況。

恐らく、当方が前方を見て反応できていないトコからも、相手の後方には視認を妨害する車両があり、両者が登坂車線に出たのは同時かそれに近いと推測される。で、速度差は100km近くか?、、、

で、制動は不明だが最後に当方は右へ回避しようとした形跡がある(コレが生命を救う選択になったと思われる)。で、ヴィッツの右後輪付近に前輪が当たっている。で、車体は左に大ダメージを受けつつやや右へ、、、登坂車線と走行車線の間辺りで停止。
人間の方は当然前方に打ち出され、ヴィッツの右後方〜側面付近にへばりつくように接触したようだ。その際、左側頭部を車体にぶつけたようで、後にくも膜下出血と診断され意識不明となる。あと、接触の際に左肩肩甲骨、左肋骨、左手中尺骨を骨折。左足の甲にブーツを切り裂いて出来た裂傷が有ったようで数針縫われる。あと、左手人差し指の爪の下に内出血跡。右手手首の握力低下が後に確認(6〜7kg 以前は40kg 以前の事故後遺症で左の方が50kgと強い)されるがその程度。

和歌山赤十字病院に搬送され、ICUに搬送され、くも膜下出血で意識不明、、、駄目かと思われていたようだが、順調に回復。脳外科は不要と診断される。骨折についても順調のようで、二週間ほどで退院となる。

で、親元にて当分通院となり、持病?の謎の腹痛で泣きを入れて救急車で搬送され、二度目の入院、、、、点滴に胃カメラと受けるが原因は相変わらず判然とせず、、、、1週間弱で退院となり、ようやく自宅に戻る。

当分自宅と通院等の為実家を往復していたが、今日、ようやく自宅への復帰を果たす。

バイクの方は引き上げられてあるRB池田店に友人W氏と確認に行ったが、フロントは大破、左側面も中破程度か?、、、兎に角自立で動かせないし、体が回復していないので解体して必要部品を取るようなことは諦めざるを得なかった、、、、。ETCユニットだけ何とか回収したが、作動するかは不明。後は泣く泣く廃車放棄となってしまった。

あとは、警察の調書>保険屋の出番と体を回復させること位である。精神的には再建を果たしているし、一刻も早くバイクに乗れるようになって業務に復帰する事か。穴を二つ(謎)掘って余生を過ごすのはやはり当方の流儀ではないと考える。
今回の件で、過失割合云々は別にして自分の判断ミスや慢心等もあっただろうし、死なない事と、事故をしない、巻き込まれない事、怪我をしない事等を徹底しなければと思った次第である。まだまだ当方なぞ未熟で甘いと言う事だろう、、、、

2007/02/24

追記 その他の件

今回の事故では、当方はいつもどおりの重装備であったが、ひどい事故状況の割に異様なほど装備面での損害が軽微であった。
装備的には、上から昭栄X-8SP?とGW製冬季用Euroの上下(もちろん付属のプロテクターは全て装備)に無限電光製エアバッグベスト+胸部プロテクター に膝〜脛には本田製レッグガード、ブーツはクシタニのショートのEXゴアテックス。グローブは昨年のGW製冬用。

で、まあ、、、二つ名?に恥じないだけの実用的な範囲での重装甲をしているつもりであった。事故後には当然エアバッグは展開していたが、ハンドルバーに繋いでいたので前方に飛ばされた場合は距離的に展開は遅れる可能性がある。追突して人間は車両に当たっているので状況的に間に合ったのか不明である。

装備の損害は、ヘルメット左側面、シールドのやや上方あたりに擦り傷がある。多分、相手車両の左後方上部の屋根〜後部ドア付近のRを描くあたりに接触した際に出来た傷で、これが当方を意識不明にしたはずである。この位置に浅い角度で当たっていてくも膜下出血のザマなので、少しでも角度や位置がずれていたらまず間違いなく恐ろしい損害を受けていたであろう、、、、、、

ベストには左肩〜左胸の中間付近に小さな破れが2箇所。他に問題も擦り傷すら無い。左胸ポケットに入れてあった携帯電話にも損傷は皆無。(ヘッドホンのリール(プラ)のみ破損)つまり、心臓付近には衝撃を受けていないしそれはエアバッグによって保護されたわけでもないということだろう。

ジャケットの損害は残念ながら左肩プロテクタ−付近に小さな破れ、ゴアテックス地までの破れがあったので駄目だった、、、と思っていたが、ちょうど内蔵の小パッドの部分だったのでゴアテックスは無事かも知れない。保険がらみが終わったらメーカーに確認してもらって無事なら修理してもらうとしよう。ちなみに事故後救急隊員に脱がされた際、上半身のアンダーウエア系は遠慮なくぶった切られた。

下半身のGW製ウォームパンツにも擦り傷等も見当たらず損害は皆無と思われる。レッグガードにも特に損害は無し。ブーツの左足、甲〜つま先付近に何かに引っ掛けたと思われる裂け傷が出来ている。肉体にも左足指ヒトサシ指と中指の間に裂傷。数針縫われるが特にひどい状況でもなく既にほぼ癒えている、、、、ブーツはもちろん要交換だが。

グローブはこの製品の弱い箇所である手首付近の薄い内張りのアウターが破れていた。もともと弱いし破れかかっていたので仕方ないし、縫えば直る箇所なので補修しておいた。外部より強い衝撃があった様子は見受けられない。衝突時の手首への負荷のみか? どのみち今年の冬で消耗しきるだろうしと思って償却予定にしていたので特に問題はなし。

幸運にも脳のほうの影響も限定的で、骨折も裂傷も軽く、現在まで順調に回復している。感覚的にはあと一月以内にはバイクに乗れる程度には回復していると思われる。勿論希望的観測をもって話しているが、本当に回復は順調である。

体が順調に回復して、力も少しづつ戻ってきた所為もあって、精神的な再建も果たすことが出来たと思う。ので今では普通の思考や状況判断が出来ており、前向きに物事を考えている。

よく言われるのだが、短期記憶が揮発して長期記憶に変換されず、事故時の記憶が無いのが、精神的再建に寄与している、と。
たしかに、事故の瞬間や事故後に呻いていた事、体の痛みや、後悔の念や恨み(言ったのかは不明)等々、、、、、、一切覚えていない。 バイクに乗ることにも嫌悪感や恐怖など一切無い。早く乗りたいくらいだ(笑)。
まあ、、、確かに憶えていなくても良い事で、早期の精神的再建には良かったのかも知れない。しかし、、、、本当にそうだったのかは結局の所判るはずも無いと云う所か。

総括してみると、事故に逢った事は不運だったし、生きていたことと損傷も軽微で回復は早い事は非常に幸運が重なったと言えるだろう。
勿論、運不運だけで片付けてよい事柄ではないし、運も不運も50%位は必然と言えなくもないので今後も精進すべきだろう。 あとは、事故の過失問題や体の快復、社会復帰とバイクの購入、FZS1000の遺産(ストックの部品等少々)等の後始末と言う所か。
資産的にはまだ破滅するほどでもないし、バイク道楽を続ける位の余力は残っていると思う。しかし、当面の医療費は親が出したし返さなくて良いと言うのだが、そんなことを許容するような当方ではないので、最後の切り札(金地金)を譲渡しておいた。

現在、価格が高騰して買値ベースで1g=\2700+を超えている。500gで¥1,380,000チョイと云う所か、、、購入時の倍近くになっている。 あと、バイクの購入用の予備費も流石に足りていないので例の相模ゴムの株を1,000か2,000売ってしまおうと思う。
いずれにせよ、最後の切り札が無くなったのは事実なので、、、今更だが人生的に変化があるかもしれない。

しかしバイク購入に動くのは保険屋によって過失割合が決定してからだし、どのみち4月登録で3年車検狙いだし、焦る事は無いだろう。

2007/02/27