御題 呪文を唱えた日
北海道ツーリングも何度か回数をこなし、林道にも入るようになった時の話である。
TDM850に割と大き目のエンジンガードもついていたし、サイドはパニアケースがあるので倒れてもほぼ影響なしで起こせるので、雨天でも多少の泥濘でも気にせず林道を走るようになっていた。北海道は未舗装路も走るようになると結構面白い所にも行けるからだ。砂地だけは走れたもんじゃないと思って引き返したが
その時も仕事を辞めたか何かで日程的には制約がなかったので、のんびり目標を決めてツーリングを楽しんでいた。
で、その日は地図で確認した林道(10km〜程度か?)を超えた所のキャンプ場を目標にして、15時頃から未舗装林道に入った。
多少先日の降雨の影響で地面に水溜り等があったが、別段普通の、幅員も広い左程高低差も無い林道であった。一度低速で水溜りに前輪を入れた際、いきなり滑って車体を倒したが、全く損害は出なかった。
で、林道が分岐している所があり、地図には確か分岐など無くそのような判断に迷う個所は無かったはずだが、、、と思って単純に本線と思える方を選択した。どう見ても轍が右に行く方向に集中しているし、、、
そうして進んでいくうちに、こちらは新しく作った林道だということに気がつくことになる。明らかに最近林を切り開いて適当に整地したようで、路面の土は新しいし、深砂利が道に15cm程の厚さで敷き詰めてあり、滅茶苦茶走りにくい。轍がこちらに集中していたのは工事車両のせいだった訳だ。
まあ、それでもどこかに通じているだろうし、通行止めって書いてもいなかったし抜けれるかな?と思って、走りやすい路面の砂利の敷いていない端の方50cm位を利用して進んでいくと、程なく行き止まりに、、。
まあ、仕方ないと思い方向転換して、反対側の砂利の無い端の方へ行き、戻り始めた。で、少し戻った所に少しだけ端が窪んだ場所
があるのを往路に確認していたので、そこだけは用心して道路の中心側を走った方がいいだろうと思い、見えたところで少し砂利の斜面を越えて内側に、、、とハンドルを切ったが、思い通りに行かず弾かれてそのまま直進、、、で、前輪は越えたが後輪が見事にはまりこんでしまい、タイヤが空転してスタックしてしまった。
左側は法面から1mほどの落差の斜面で、サイドスタンドなど出せないし、センタースタンドも無い。あっても無理だろうが。仕方なく跨ったまま如何したものかと思案していたら、、、法面が軟なせいか、バイクの重さで少しづつ沈んでいくではないか。抗うことも敵わず、そのまま左に沈んでバイクごと転倒してしまった。結構な角度の斜面に引っかかっているのでバイクは下までは落ちてはいないが、斜め下を向いて半分さかさま状態である。
さて、、、、、、、、、、、どうしようか?
助けを呼ぶ?林道に入ってから人間に出会っていないし、、、携帯電話はそのときは持っていなかったし、元々99%圏外だし。今から林道を10km以上歩いてさらに歩いて? カンテラライトの電池もいつまで持つか判らないし、、、却下!! 最後の手段だな、、、、。
とりあえず引っ張り上げようとしてみたが、とてもじゃないが200kg以上あるバイクを引き上げるのは不可能だ。パニアケース等全て外してみても当然無理。ロープも無いし、支点ももちろん無いのでこの方法は断念。
バイクを立てて、何とかしてみようと思ったが、斜面の途中で半分下を向いたバイクを立てるのは不可能にも程がある。仕方なく一度斜面の下まで下ろしてから、、、と思って引き摺り下ろしたら、丁度そこの斜面の下は松の枝が折り重なって倒されたような場所で、恐ろしくスカスカで踏ん張ろうとしても足がめり込んでしまう、、、。
ここらでCEOは泣きたくなっていたと思う。が、何の解決にもならないので、呪いの言葉など吐きつつ、とりあえず少し休憩。キャンプ場に着予定だったので、ポリタンクの水のストックも無い。茶を沸かすのも炊飯も不可能、、、、非常用のカロリーの友とかは勿論あったが。飲み物といえば唯一、缶の甘酒があったのでそれを胃に叩き込み、再びバイクと格闘をはじめる。
松の幹を車体の下に差し込んで梃子にしてやってみたり、いろいろやってみてかなり経過してから、ようやくなんとかバイクを立てることが出来た、、、、、既に1時間も経過しただろうか。もう夕刻なので早くしないと日没だ。このまま山の中で野営は、、なんと言うか、、、ね。
少し前進させ、松の無い所に行き、ここからどうやって登るか考える。上の路面まで1mくらいだろうか?非常に高く感じられる、、。
とりあえずバイクは前を向いているので、そこから斜めに走りつつ登れるようにスロープらしきものを作ってみることにする。斜面も軟なので作業はしやすいが、道具など無いので木の棒と手での作業だ。バイクのエンジンは問題なくかかり、張り切ってスロープに向かうも、問題にならんほど登らない。完全に弾かれてしまった。
多少バイクを前にやっただけで終わってしまった、、、が、既に頭のスイッチは入っていたので、我武者羅にそのまま前に進みつつ斜面に向かう、結果はやはり同じ。しかし、さらに前に進んだ上、リヤが左に流れまくったので斜面に向かって直角に位置することになった。
ここで、斜めではなく直角に登ることを試みることにする。上手い具合に少しは助走がつけられるように不整地ながら空間もある。
ただ、あまりに勢いが良すぎるとどうなるのか?ということを考えると、やはり怖い。上は深砂利でμは低そうで制動もヘッタクレもなく反対側に落ちる、、、?まあ、登ってからのことだが、、、いざとなったら倒してでも停まればいいかなあ?
多少斜面をなだらかにしてみて、気合を入れて斜面に向かうも、いけるか?というところで後輪が食いつかないのでやはり登れない。Mi 90Xのパターンではというわけではないだろうが、、、。とにかく斜面が軟なのが全てのようだ。で、斜面でもがいて半ゴケして、盛大に呪いの言葉など撒き散らしつつ、辺りを見回すと、もう日は隠れて暗くなりつつあった。時間も無い! 体力もかなり不安だ。各所があちこち悲鳴をあげている。
で、ふと斜面を見るでもなく視線を遣った先に、何かある。よく見ると、、、粘土だ。結構ある。かなり摩擦抵抗もありそうだし、これでスロープを作れば登れるかもしれない。早速斜面に貼り付けていく。粘土だけあって作業もしやすい。怒りをぶつけるようにしてとにかく作る。
最後の試みにすべく、念入りに路面上まで下見をして、意識を集中させる。TDM850にも奮起を促す。
このときに「バイク乗りの呪文」を初めて唱えることにした。こんなに窮地に立たされたのは生涯初めてだ!!
十分に助走区間を取り、十分にスロットルを開け、一気に斜面に、、、、
測ったように完璧に路面上に登り、停止出来ていた!!
歓喜の気持ちを爆発させ、ちょっと間吼えまくっていましたとサ。
その後、装備をつけなおし、林道越えは危険と判断して引き返して、温泉の目の前のキャンプ場に丁度行き当たったのでそこで野営し、3日連続で温泉に浸かって食って寝るだけの生活を余儀なくされることになった。
ものすごい筋肉痛で、歩くのも30cmづつ位で、とてもじゃないが、、ね。リミッターを外して格闘した代償というものだろう。
この件で、CEOは多くのことを得たような気がする。勿論、判断ミスや過信、慢心、慣れ、林道の怖さも、一人旅のリスクといった事も思い知らされたが、、、。
それ以来、「呪文」を唱えたことは無い。バイクに乗っている限り、唱えたくない等とは言ってられないだろうが、、、。
TDM850のフロントカウルには、そのときの松脂が落ちずに残ってしまった。廃車にはしたが、今でも友人のTDM850の外装等に使われているので、その痕跡を見て思い出すこともある。
2004/01/12
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